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20年前の自分からのメッセージ 〜封印してきた過去との対話〜

愛猫Gigiが出産したのは、ちょうど一ヶ月前の満月の夜。
その後、仔猫二匹たちは順調にスクスクと成長し、
物置の中を歩き回るようになったため、
長男と夫がプラスチックケースで囲いを作ってくれた。

ある朝、仔猫たちの様子を見に行くと
プラスチックケースが動かないように
重しがしてある。

よく見ると、大学時代の講義ノートだ…。
物置のダンボール箱の中に閉じ込めてあった
古い資料や教科書を
息子が取り出して重しに使ったのだろう。

*****

私が単身ニュージーランドに渡ったのは
17歳の誕生日を迎えて間もなくの2月。

日本は極寒の冬。
ニュージーランドは抜けるような青空広がる真夏だった。

多感な時期を過ごした6年間、
本当にいろいろことがあり、
それらの出来事は私を成長させ

今の自分の核となる部分を築いてくれたはずなのに…

 

2000年2月、大学卒業後しばらく滞在するはずだった予定を急遽変更し、
私は逃げるようにニュージーランドを後にした。

多くの荷物を残したまま
気持ちの整理もつかないまま

6年間お世話になった人たちに
きちんとお礼も言わないまま

飛行機に飛び乗り、
機上の人となった。


(私が大学時代のノートを開いていると
傍らでお勉強をはじめる三男)

英語通訳の仕事をし、英語を教えているのに矛盾しているが、
私は「英語を話す自分」にずっとブロックをかけ続けてきた。

バランスが崩れるのが怖かったのだと思う。
留学を終えて帰国し、
暗い思い出を封印してやっと日本での生活が軌道にのってきたのに…

パンドラの箱を開けてしまったら
もう今の自分は崩れてしまうかもしれない。


(大学の講義ノート。心理学と教育学のダブル専攻。副専攻は社会学。)

 

ニュージーランドでの6年間、
楽しいこともたくさんあったはずなのに

最後の数ヶ月の暗闇…
いや、他にもあるほろ苦い思い出に

私の記憶は真っ黒に塗りつぶされてしまっている。

これはExperimental Psychology(実験心理学)授業の中でしたプレゼンの資料。全部手書きなのが時代を感じさせる。

 

*****

 

私が中学1年のときに、父が交通事故で頭を強打し瀕死の重傷。
奇跡的に生還したが、片目の視力を失い
その後も復職したものの偏頭痛などに悩まされた。

そんな父のことを理解したくて専攻したのが心理学。
Neuro Psychology(神経心理学)を学んだ時、父の抱える生きづらさが少しだけわかったような気がした。

 

私がまだ留学中の20歳のときに父は脳内出血で急死。
その前から反抗期で荒れていた当時中学1年生だった7歳年下の弟は、父の死後ますます心がすさみ…ここは想像にお任せする。
ニュージーランドの高校へ留学させ、私が面倒を見た時期もあるが結局数ヶ月で帰国。

教育学も専攻し、Psychology of Adolescence(青年心理学)やChild Psychology(児童心理学)を勉強したのは、弟の姿を見て日本の教育システムに違和感を覚えたから。幼少期の家庭環境の重要性についても痛感した。

父や弟のような人たちの助けになりたくて、心理カウンセラーになるのが夢だったな、そういえば…。実際に自分もカウンセリングを受け、その効果についても確信を持った。

父のため、弟のため…が常に先に来ていた。それが本当に自分のしたかったことなのかどうかはわからない。

これは社会学の試験問題。2時間の間に3つトピックを選び、小論文を書くというもの。

もう今となっては、大学で勉強したことの一割も覚えていない。
死に物狂いで勉強した証の講義ノートや課題論文。
こんな自分がいたなんて…今の私とは別人格・別人みたいな感覚を覚える。

あの頃の私は、20年後の自分をどう思い描いていたのだろう。

几帳面な字。もう今の私はこんな字は書けないだろうな。

 

「正しいだけが正解じゃない」

「自分の人生、したいことしてもいいんだよ」

「もっと自分のこと、大事にしてあげてね」

 

20年前の自分に声をかけようと思って出てきた言葉は、今の自分が必要としていた言葉でもあるような気がする。

過去の過ちも後悔も涙も全て含めての自分。
あのとき置き去りにしてきた自分を、迎えに行く準備ができたのかもしれない。

もう今なら怖くない。
この20年間の道程が、私を強くしてくれたから。

封印してきた過去を、紐解くときが来たようだ。