子どもの私が子どもを産んだらこうなった

お花畑に囲まれた赤い屋根の家の周りには、幸せそうに手をつなぐお父さんとお母さん、子どもたちと犬と猫。
私が子どもの頃に何度も繰り返し描いた絵の光景だ。

そんなふうになるのが夢だった。あたたかい家庭が欲しかった。仲睦まじく、ただただ平穏な日々を笑顔で過ごす揺るぎのない絆で結ばれた家族。

ニュージーランドの大学では教育学と心理学を専攻した。赤ちゃんが大好きで、様々な出産法について調べるのが大好きだったっけ。会陰切開だけは死んでも御免だと思ってたな〜。実際に私は一度もそれを経験せずに三人の子を出産することになる。

私が20歳のときに父が過労死したこともあり、将来旦那さんになる人には絶対に優しくしてあげようと心に決めていた。母親が仕事なんかしたらろくなことはない。専業主婦になって、毎日あたたかいご飯を作って家族を笑顔で迎えてあげるのが女の役目だと。
自分が育った家庭が崩壊し自分も身内から暴力を受け、幼少期の愛情不足の顛末を嫌というほど見せつけられた。

自分が子どもを産んだら、三歳までは愛情をかけてしっかり育てたい。保育園に預けるなんて子どもが可哀想。そう思っていた。

だけど、いざ出産し赤ちゃんを育てるとなると夢と現実とのギャップに愕然とした。子どもの泣き声が私にとっては耐え難く、すぐにいっぱいいっぱいになり耳鳴りがする。昼夜問わずの授乳、しょっちゅう出入りする(世話をしに来てくれていたのだけど)母の存在に気を使い居眠りもままならない日々。

子どものことはかわいいはずなのに、心から可愛いと思う余裕が自分の中にないことを思い知る。
すでに克服したはずの暗いドロドロした過去が、子どもが成長するにつれて自身の幼少期の追体験となり、もう二度と向かい合いたくなかった記憶を鼻っ面の前に突きつけられたりする。

母みたいにはなりたくないと思っていたけど、結局は私も同じアダルトチルドレンだった。おとなになりきれていない子ども。私が自分の手だけで育てたら、きっと負の連鎖を繰り返してしまうことになる。

力不足の私に変わり、子どもたちに愛情を、あたたかさを、無償の愛を与えてくれる人たちと場を探さなくては…。家族のように子どもを包み込んでくれる保育園に出会い、夫や夫の家族たち、ご近所さんたちのおかげさまで、三人の息子たちは健やかに成長してくれている。私の母も孫のことはかわいがってくれている。

もし自分ひとりでなんとかしようとしていたら、きっと虐待とかおかしなことになっていただろうな。それぐらい私にとっての育児は壮絶で絶望との戦いだった。なんでそんなにしんどいのに三人も産んだのかって??(笑)それは…妊娠・出産してその後しばらくの体験は素晴らしいものだったから。子どもの自我が芽生えてくるあたりから、私のしんどさ指数がガ〜〜〜っと上がるのだ。

子どもはかわいい。だけど育児に関しての私の器は、きっとお猪口ぐらいの容量しかない。子どもたちが私を求めてくれるときに思いっきり抱きしめ、肌をくっつけあい、手をつなぎながら話を聞く。私にはそれぐらいしかできない。日々朝から晩まで子どもと関わり、くまなく世話をやいてやることができない。

できないことを一生懸命やろうとして燃え尽き、眉間にしわを寄せてヒステリックに子どもを叱りつける、そんなことを4年ぐらい繰り返したからこそ辿り着いた結論。
「できないことはやらなくていい」「できることをすればいい」

毎日家にいて家事をし、子どもの世話をする。夢だったはずのそんな生活は、私にとってはしんどいものだったから…。3年ほど前からは外へ出て仕事をするようになった。中学校教諭の仕事も思い切って退職した。毎日同じところに務める、長時間拘束されるということも私には合わない働き方だと感じたから。

結婚後通信制の大学に編入し教員免許を取得、公務員試験に合格して手に入れた職をあっけなく手放すなんて、それはそれは母にとったら理解し難くありえないことだった。ボーナスも年金も社会的立場も全て保障されているのになぜ?今だに事あるごとに小言を言われる。

母にとってはいつまでも出来損ないの娘。「ひとりぐらい女の子産んどいたらいいのに」が最近の口癖(私の子どもたちは三人共男!)。先月亡くなった夫の祖母が母の夢に出てきて、「私が女の子になって生まれ変わるから」と言わはったらしい…。
男の子三人なんて大変、かわいそうって言われることもあるけど、私は逆にホッとしているんだけどね。自分が女の子育てるなんて想像できないし、母との確執を思うと同じ屋根の下に女が二人いる状態は避けたほうがいいような…。

こんな私の現在進行中の経験が、同じように苦しむ誰かの役に立つことがあるかもしれないと思い、つらつらと書いてみました。
我が家の長男は8歳。私もきっとまだ精神年齢は8歳ぐらい(笑)。これから子どもたちと共に成長していけたらいいな〜。いつかは大人になれるかしら??

胸の内に抱える混沌とした暗闇やいびつな心の状態を隠し、「誰かにとっての理想の私」を演じてその人に好きになってもらいたいって頑張ったこともあったけど、いつか正体はバレちゃうからな〜〜。もうこれからは「これが ザ・私」を全面に出して生きることにする。
まぁその前に、「ザ・私」を探求することから初めないといけないのだけど。

たいがいの男の人は、私の本性が垣間見えたあたりから怖気づいて逃げていくもんな。自分の手には負えないって思うみたい。相手にどうにかしてほしいって願っているわけではないのだけれどね。

一度きりの人生だから、後悔のないように生きたい。人のせいにして何かを我慢したり選びたくないものを選んだりするのはやめよう。なんだかそんなことを声たかだかに宣言したくなった魚座満月なのでした。

日英通訳・三兄弟の母・
米国代替医療協会認定ホリスティックヘルスコーチ・
“Pepper English”主宰
Hitomi Pepper(橋爪ひとみ)

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